2018/11/9
建設業や不動産業務を行う二十一世紀産業株式会社にお伺いし、代表取締役の佐野 洋一さんから話をお伺いしました。
この日お伺いしただけでも、新しく手掛けられたことのある事業は、生ゴミ処理機の開発、八百屋、不動産とあり、そのどれもが、 準備してから始めるのではなく、まず始めてしまい、そこから準備していく、というスタイルです。
「慎重に」とか「十分検討してから」とは対極のこのスタイル、いかにも起業家的です。
二十一世紀産業株式会社 代表取締役 佐野 洋一さん
はい、父ですね
いつぐらいに開業されたんですか?
父は昭和四十年代だと思います。二十一世紀産業自体は平成11年ですね。 元々父が建築会社をやっていて、その別会社として生ゴミ処理機の開発をするのに立ち上げた会社なんですよ
そうなんですか!? まったく異なる業種でのスタートだったんですね
京都大学の先生とバイオ研究を活かした生ゴミ処理機の開発をやろう、ということで。
二十一世紀産業はそこがスタートだったんですね。
もともと叔父が私の前に社長をやっていたんですけど、ちょっと他の事をしないといけないということになりまして、私が25歳ぐらいの時に社長になりまして
社長歴が長いですね。
全く何もわかっていないのに肩書きだけは社長から始まりました。
資金繰りとかを任されるようになったのは30歳過ぎてからですかね。
小さい頃からお父様の商売を継ぐつもりではいました?
あんまり思ってなかったですね。小学校の時の文集を見たら、何か書いてたみたいですけど。将来的には可能性としてあるかもなぐらいでした。
では、別の方向に進もうとされていたことも?
高校の時から理系が得意だったんで、大学も生物理工学部というところに入って、色々やってたんですけど、やっているうちに(理系が)向いてへんなと思うようになって、
理系に進まれていたのは意外です
結局、三菱自動車販売に就職して、そこで3年ぐらい営業の勉強させてもらった後に、父の新しい事業で八百屋があったんで、三カ月ほど 八百屋手伝って、その後、二十一世紀産業に入って社長することになりました。
二十一世紀産業は生ゴミ処理機の開発をされていた会社とお聞きしています。佐野さんが社長になられた後の二十一世紀産業の事業展開は?
その後、生ゴミ処理機の開発からは撤退することになって 、建築業をやりながら不動産も始めることになりました。
建築業はもともとお父様がされていた事業ですが、不動産業務も始められたんですか?
とりあえず宅建の資格を取りに行くことにして(笑)半年間で資格を取って、全く実務経験がないのに看板を上げて商売を始めました(笑)
社長になってから宅建の資格を取ったんですね
やり始めて失敗しながら勉強していった、という感じです
最初は全然わかっていないんで、色々間違えて、京都府から呼び出しくらってむちゃくちゃ怒られたこともあります。
(笑)
「知りませんでした」で。半日怒られました。(笑)
次回(明日)に続きます
屋号 | 二十一世紀産業 |
住所 | 京都府宇治市宇治妙楽1−1 宇治橋ビル 4F |
TEL | 0120-201-752 |
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このご商売を始められたのはお父様ですか?